宝塚の一駅先、惣川および生瀬まで毎日2往復、D51が工臨を牽いてやってきた。それまで都内で育ったため葡萄色一色の中央線や山手線にカラフルな101,103系が走り始めた時の記憶は鮮明だ。 当時はまだ東京駅や上野駅にC62やC57が乗り入れていた時代で、幾度も線路際で何か特有な匂いを感じたのを記憶している。しかし当時はそれが煤煙の匂いだったとは判らなかった。 それと意識して眺めた蒸機機関車はこの「惣川の工臨」のD51が初めてだった。目の前を通り過ぎるすでに時代遅れの機関車の存在に何か不思議な感覚と魅力を感じて一気に惹かれていった。 |