【 最後の砦・呉線 】

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【 機関区に戻ったC6248 】

機関区に戻ったC6248との再会。実はこの前年の1968年8月、中学に入って最初の夏休みに親父に連れられ蒸機牽引列車を初体験すべく181系の特急「第一しおかぜ」でこの地を訪れ三原から 山陽本線下り広島行き323列車(この時点では327列車)に乗り継ぎ。その際に人生初めて出会った蒸気機関車がこの48号機だった。この時、車窓から機関区に犇めく沢山の蒸機を見たのが今回の旅行に繋がっている。 それ以前にも家族旅行などの時、各地で蒸機との遭遇はあったに違いないが全く記憶には無い。のちに判ったことだが上野とか水戸そして御殿場あたりで幾度か感じた煤煙の臭いをその頃はまだ何の臭いだか知らなかった。 いま機関区に戻った蒸機は火床整理や次の仕業にむけて給水、給炭と乗務員の仕事は終わらない。この写真は決して雨天の写真ではない。好天に恵まれ無風の機関区では多くの有火機関車が吐き出す煤煙が立ちこめて視界が悪い。 地方では地域住民の誇りだった機関区も住宅が密集する都市部にあっては頗る評判が悪い。風向きによっては洗濯物を干すのもままならない。いまの時代なら地球環境問題の矢面にたっていたことだろう。
(広島第2機関区・1969年3月28日撮影:T.S/解説T.S)

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