呉線の貨物列車は糸崎機関区のD51が担当し、当時9両が在籍し交代でその任にあたっていた。1115両の大所帯を誇ったD51もこのころでは800両を割っていたが他の形式に比べれば圧倒的で、まだ全国各地でみられた。希少のC62、C59を擁するこの地にあっては実に地味な存在ではあったが貨物機標準の名機として現場では親しまれた。しかし1次型に比べれば多少広くなったもののキャブの狭さだけは乗務員には不評だったとか。この項4段目 1列で休車になったばかりの760号機を紹介しているが連番で配属されていたのも珍しい。 |
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